5年完走達成! / 2026年上半期あとがき
ロゴケイバは、2021年の秋競馬から始まった。
今日の帝王賞の投稿で、今年の上半期G1級も完走できた。
つまり、丸5年間、すべてのG1級競走(海外の場合は、日本馬の優勝のみ)をリアルタイムで、ロゴデザインとして収めてきたことになる。
1つの漏れもない。
なぜ、ここまでやり遂げられたのか。
そもそも、なぜ飽きなかったのか。
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理由はひとつ。
競馬そのものが、“終わりのない物語”だからだ。
例えば、親が成し遂げられなかった夢を、子が叶える。
あるいは、一族の悲願や宿命を果たす。
競馬には、そんなドラマが無数にある。
しかも、主役は馬だけではない。
騎手、調教師、馬主、そして生産牧場。
夢が一代で叶うこともあれば、二代、三代とかけて結実することもある。
競馬は、人間ならば気が遠くなるような時間を、わずか10年程度で見届けさせてくれる。
だって私は、あの馬の父も母も、祖父母も、兄妹も、曾祖父の代まで知っているのだから。
例えば、イクイノックス。
ロゴケイバで9回も制作したのは、
それだけ彼が、時代の象徴だったからだ。
父キタサンブラックもまた、史上に残る名馬だった。
けれど、その浪花節的な出自から、
あんな超エリートホースが生まれるだなんて。
誰が想像していただろうか?
だから、飽きない。
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そして、競馬は、常に変化している。
20年ほど前、脚光を浴びた松国ローテも、今やトレンドではない。
しかし、その試練を経て選び抜かれた血脈が、現在の常識を作り出している。
そして、その常識すらも現在進行形で変わり続けている。
例えば今、新潟記念は菊花賞へ向けたステップレースへ変貌しようとしている。
アスリートとしての解釈も、経済状況、医療技術も変わり続けていること。
命を預かる立場でもあること。
ギャンブルの対象でもあること。
それらを踏まえ、何が最善なのか、どのレースを選ぶべきなのか。
関係者たちは常に知恵を絞り続けている。
だからこそ、そこには新しいアイデアが生まれ、また新たな物語が紡がれていく。
競馬に“傾向”はあっても、“同じレース”は一度としてない。
見れば見るほど、過去と現在、そして未来がつながっていく。
「あいつの子か」
「この血統、まだ続いていたのか」
そんな発見が増えていくからこそ、長く見れば見るほど、競馬は面白くなる。
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だからこそ、私には“嫌いな馬”や“嫌いな騎手”という感覚がよく分からない。
“共感できる正義”か、“まだ知らなかった正義”しかない。
それぞれに哲学があり、戦略があり、経済的状況があり、事情がある。
それなのに、彼らは同じスタートラインに立ち、たったひとつのゴールを目指す。
命もたったひとつ。
誰もが懸命に、置かれた状況を必死に生きている。
今日より、いい明日を勝ち取るために。
それこそが“多様性”であり、何よりも面白いところだ。
見方を変えれば、それは残酷なのかもしれない。
でも、競馬を、面白いと思ってしまったからには。
そして、何の責任も取れない立場なら。
せめて、それぞれの健闘を讃えたいのだ。
よくぞ、ここまで戦った!と。
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近代競馬300年の歴史において、ロゴケイバはまだ5年目。
ほんのひよっこだ。
ロゴケイバでリアルタイムに記録してきたG1勝ち馬の産駒が、再びG1を勝つ瞬間には、まだ立ち会えていない。
だからまずは、“親子二代のG1制覇”をロゴケイバとして、リアルタイムで記録してみたい。
そしてこの秋には、ロゴケイバにとって初めての牡馬三冠馬を収められるかもしれない。
凱旋門賞制覇を、記録できるかもしれない。
いや、そもそも想像すらしていないことが、きっと起きるはずだ。
あの馬も、その馬も、今年のあのレースも。
私たちはひとつだって、今年こうなるなんて想像していなかった。
もし想像できていたら、もっと馬券が当たっている。
そう考えると、まだまだ見たい景色があふれている。
だから、ロゴケイバはもう少し、続きそうだ。
5年間もお付き合いいただき、ありがとうございました。
今年の秋競馬以降も、よろしくお願いします。
(夏は夏で、連載があります。ぜひ、夏競馬もロゴケイバをチェックしてください!)
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