<Unused Ideas> / 第7話 ’26 皐月賞・ロブチェン
▼黒曜石▼
最終的に、ロゴケイバではこのコピーを採用した。
26年皐月賞・ロブチェン。
前年のホープフルステークスを勝った時、ロゴケイバでは「別格の第一波」というコピーをつけた。
当時、まだ新馬戦から数えて2戦目。
荒削りだからこそ、剥き出しになった才能があった。
それから数か月後の、皐月賞。
敗北も経験し、戦法の幅を広げた。
競り合えば闘志を見せ、今度は逃げ切りで勝った。
しかも、スーパーレコード・1分56秒5。
レースを見終えた直後、この馬には、いつか“二つ名”がつく。
そんな予感がした。
▼いつか、二つ名の発生源になりたい▼
競馬には、偉大な馬たちを象徴する“二つ名”がある。
皇帝、帝王、怪物、覇王、英雄、暴君、龍王、天才…。
長い競馬の歴史の中で定着し、今では、その馬を語るうえで欠かせない言葉になっている。
ロゴケイバでは、これまで数多くのキャッチコピーを書いてきた。
その中で、密やかに抱いている野心がある。
いつかロゴケイバから、一頭の馬を象徴する二つ名が生まれ、競馬ファンの間で定着したら、とてつもなく光栄だと思う。
もちろん、狙って作れるものではない。
こちらが勝手に名づけても、誰も使わなければ二つ名にはならない。
今回の黒曜石が、それに値する言葉なのかも、分からない。
ただ、そういうトライをしてみたくなる馬は確実にいる。
ロブチェンには、そう思わせるだけの強さがあった。
▼黒い馬体から、「黒曜石」へ▼
最初に着目したのは、ロブチェンの黒鹿毛の馬体だった。
そこから浮かんだのが、黒曜石。
ただ、それだけでは、単なる見立てでしかない。
この馬を黒曜石と呼ぶ、筋の通った理由が必要だった。
そこで考えたのが、ホープフルステークスから皐月賞までの変化だった。
負けを知り、戦法を覚えた。
闘志を見せ、勝ち方まで増えている。
レースを経験するたび、剥き出しだった才能が磨かれている。
黒曜石というモチーフと、ロブチェンの成長。
この二つを結びつけることができれば、ロブチェンの才能を、ロゴケイバならではの表現で描けるのではないか。
それをテーマに据えて、AIとのラリーを始めた。
▼完成したコピーと本文▼
まずは、以下を読んでほしい。
ーーーーーー
「黒曜石」
黒い馬体は、原石。
磨かれるほど、鋭い光を返す。
負けを知り、戦法に目覚め、
闘志を燃やし、勝ち方を増やしていく。
己を試されるたびに、
才能は“万能”へと、変わっていく。
目撃者は、
その異能の奥へ、
吸い込まれていく。
ーーーーーー
これが、最終的に完成したコピーと本文だ。
ここからは、なぜこの形を完成としたのかを解剖していく。
▼「黒」を捨て、「光」を捨てる▼
「黒曜石」を仮タイトルに据え、まずは本文を書き始めた。
途中、こんな文章ができた。
「その黒い輝きの奥へ、吸い込まれていく。」
悪くはない。
しかし、初期案では、本文の冒頭ですでに、「黒い馬体は、磨かれるほど、鋭い光を返す。」と書いていたのだ。
短い文章の中で、「黒」が意味もなく重複してしまう。
そこで「黒」を捨て、「その深い光の奥へ、吸い込まれていく。」とした。
しかし、まだ違う。
今度は「光」が重複している。
そこで、これも捨てた。
次に、「その強さに、吸い込まれていく。」ともした。
けれど、「強さ」では意味が広すぎる。
今回感じたのは、単純な能力の高さではない。
ロブチェンは、経験したことを次のレースで自分のものにしているように見える。
レースを重ねるほど、できることが増えていく。
だから、「才能は“万能”へと、変わっていく。」という言葉が残った。
そして最後の「強さ」は、その特異な能力を表す「異能」が相応しいと考えた。
▼足すほど、「黒曜石」が弱くなる▼
最後まで決まらなかったのが、タイトルだった。
仮置きした「黒曜石」だけでは、少し説明が足りないのではないか。
そう考えて、AIと案を重ねた。
しかし、どれもしっくりこなかった。
意味を補おうとするほど、「黒曜石」という言葉そのものが持つ強さが薄れていく。
案は増えているのに、正解から遠ざかっていくような感覚だった。
そこで、タイトルではなく本文を変えた。
「黒曜石」はそのままに、本文をこう切り出した。
「黒い馬体は、原石。磨かれるほど、鋭い光を返す。」
すると、原石 → 磨かれる → 光を返す。
この流れが生まれ、すべてが一気につながった。
なるほど、これならば「黒曜石」だけでいい。
タイトルに、言葉を足す必要はなかったことに気がついた。
タイトルを、本文で支える構造こそが必要だったのだ。
▼文脈とは、時間の価値だ▼
今回も、AIとのラリーを細かく繰り返した。
・「黒」が意味もなく、重複している。
・「光」も意図もなく、繰り返している。
・「強さ」では的確ではない。
・「黒曜石」に何かを足すと、冗長になる。
一つずつ違和感を見つけ、そのたびに案を出し直し、また捨て続けた。
AIは、こちらが課題を伝えれば、何度でも次の案を出してくれる。
しかし、なぜ、それが不適当なのか。
何なら成立するのか。
何を残せば、その馬だけの言葉になるのか。
その判断までは、AIに委ねられない。
そして、その判断には、制作対象を見続けてきた時間が必要になる。
前走を見ていなければ、ロブチェンが勝ち方を増やしていることにも気づかない。
ホープフルステークスで「別格の第一波」と書いた経験がなければ、今回をその続編として考えることもできない。
AIでは、その馬を見続けてきた時間や文脈までは、代用できない。
文脈とは、時間によって蓄積される価値でもあるからだ。
それを持たないままAIを使えば、クリエイティブは簡単に平均値へ飲み込まれる。
▼今回の制作そのものが、黒曜石の研磨だったのかもしれない▼
アイデアを出して、違和感を見つけて、捨てて、削って、また磨く。
そうして余計なものがなくなった時、ようやく完成品として、光を返すからだ。
AIを取り入れた制作が進む時代。
求められるのは、文脈を蓄積する時間だ。
そして、何を削れば、もっと光るのか。
問われているのは、見極める目だ。
それらを証明するには、執念にも似た、繰り返しの研磨が必要なのだと思う。
0コメント